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「ごめん、ね…。いつも、こんなことばっか…させて……」
肩口を斬りつけられ、血が弱々しく噴き出る。審神者は痛みに顔を顰めつつも、声音に悲壮さは出さないようにして
膝をつき、横向きにバタリと音を立てて倒れ込んだ。唯、ごめんとだけ呟いて、審神者の目の光はだんだんと昏く沈んでいった
「…本当に君は、どこまでも優しい」
主君である者の血で濡れたままの刀身を拭いもせずに、青江は言った
自分が只の刀であった頃は、自身に刃を突き立てて死ぬもの以外は、ほぼ見苦しい最期をしていた
ある者は死ぬ間際まで命乞い、ある者は自らを殺す者の買収、ある者は無様に地を這って逃げようと藻掻く
そのどれでもなく、けれども全てに諦めをつけたわけでもなく、審神者は青江にひたすら謝罪を込めた
自分を殺すという重荷を、主君殺しの責を担わせることに、人殺しを明確にさせるということに
しかし、自分の斬られる根幹となったことについては全く後悔していないことを言外に滲ませて
「優しくて、ズルい。…君はやはり人だったんだねえ」
誰にでも優しい笑みを向け、だが、本心はいつも肝心な所で見せたがらない
自分を斬らせておいて謝るのに、それを頼むのは最も馴染みの深かった青江という辺り
神にも祟りを成す荒の部分と、恵みを齎す聖の部分が存在している
人には優しいという広義的な浅い面と、その裏で親しみを持つ者には甘えを持ちたがる部分が有った
審神者は恐らく甘え、で青江を頼ったのだろう。のらりくらりと審神者の流言も下世話な話でも軽々と躱す青江なら、きっと
審神者の死も、ある程度受け入れ、ある程度受け流すと、そう思っていたのだろう
「いや、彼女なら、縛るっていうのもあるかな…」
しゃがみこんで、青江は審神者の開いた瞳をそっと閉じさせた
青江は、付き合いが長いからこそ、彼女の少し異常さを持った思考についてもある程度予想できるようになっていた
彼女は罪を背負わせることによって、普段から猫か蛇のように隙間を縫って何処かへ行ってしまう青江を縛り付けたかった
自分の命、丸々一つを使って、青江という蝶を展翅しようとしたのだ
「でも、……ちょっと違うかなあ」
パチ、と左胸の留め具を外し、白装束のみを取り外す
この装束は青江の親子の幽霊切りから来ているもので、今でこそ害は無いが、
昔はこの装束の背に子供が見えると短刀達の話題にされ、お祓いするまでに至ったこともある
居眠りをした子供にするように、装束をはらりと審神者の肩に掛ける
元々、この装束の幽霊は祟りや呪いといったものは特になく、声や姿が時々感じられる以外は何も無い
「…大丈夫だよ。内側は、母親だから」
この装束の背には常に幼子の気配がある。装束の裾をつまんでいたり、その背に乗っていることもある
装束を羽織った者は母であり、守るべき対象と認識されているようだ。だから審神者を傷つけることはない
「こういうことは、へし切くんとか秋田くんの方が適任なんじゃないかなあ…」
抜き身の刀を拾い上げ、自らに剣先を向けるように持ち替えた
床に置いていたせいで血が付いていた刀からポタリと雫が溢れた
そして、数瞬。青江は己の身体に差し込むように刀で自分を刺した
「……う、っ……!?」
普段刀剣男士は刀をその身に収め、必要となった時は身体から自在に剣を取り出す
いつもならば、自らに刀を刺しても、幽霊が壁をすり抜けるように損傷を受けない
それが常だったからこそ、戦をある意味楽しんでいる青江でも、うめき声を出さずにはいられなかった
自分が刀を持つ手に伝わる肉へ滑り込ませる感覚と、
自らの身体が外的物質により抉られている感覚を同時に受けることに
「ぐ、っ…!」
それでも、刀が刺さっている限り、人間よりも丈夫な青江に明確な死は訪れない
死を得るために、青江は柄に近い部分を握っていた右手に力を込め、刃を引き抜いた
ヒュー、ヒュー、と風が鳴くようにか細い呼吸をしながら、青江はどうにか鞘に剣を収める
そして、とさりと音を立てて、審神者の隣に添うように倒れ込んだ
「僕のこと、君は分かってくれていたんだね」
確かに、結果こそこうなってしまったが。いや、青江はこの結果にすら満足していた
ある時、審神者はいつものような軽口で言っていた。自分と青江は似てるね、と
互いが互いを想い合い、そしてお互いだからこそ甘え、こうして揃って沈んでいく
「嗚呼…。どんどん冷えていくね……」
二人分、正確には一人と一振り分の血で汚れた畳も、どちらのものかもわからなくなった、
血に塗れた服や身体も厭わず、青江は審神者を抱きしめた
少しずつ部屋が宵に近づくかのように暗くなっていく
これが今まで自分が見てきた人間に等しく訪れる死というものか、と青江はいやに冷静になっていた
審神者と自分は確実に地獄行きだろうな、と
そもそも自分は付喪神なのだから地獄という概念は存在しているのかと
これからに尽きない疑問はあるが、それでも恐怖や怯えを感じないのはきっと
「きみ、が居るから…なんだろうね…」
より強く審神者を抱きしめ、青江は目を閉じた
願わくば、審神者と地獄に道行きすらも共に在りたいと、そう想いながら
青々しく、けれども江は深く
貴方とならば、どれだけ江(業)が深くとも、一緒に溺れていきたい
2015/10/12