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「っ……何故……!」
そう憎々しげに加賀が言葉を吐き捨てた
急襲され使い物にならなくなった右腕を抑えながらも、目線は鋭く先を見据える
各地に散らばる鎮守府による大規模な共同戦線
綿密な情報網を組み、思考に思考を重ね編み出した編成
それが破られる条件は、たったの一つ
本来その海域には出没しないはずのモノが出現しているという現実だった
「どうして……。どうして深海棲姫が居るのよ!?」
深海棲姫。それは練度を積み重ねた艦娘すらたちまち藻屑に返す畏怖の存在
この海域は深海棲艦の数ある拠点の一つの、いわば中庭といった場所である
そんな場所で、しかも数時間前の空母による偵察では敵影こそ無数だが、鬼も姫も観測されることは無かったのだ
しかし第二部隊である彼女らの目の前には、妖しく、そして昏い影が蠢いている
声を上げ、手負いの獣のようにキッ、と睨みつける足柄の目線の先
駆逐艦形態の深海棲艦に手足が隆隆と生えた姿。それに守られるように中心に立つ女性型の深海棲艦、戦艦棲姫が
黒いワンピース状の服らしきものを揺らしながら、悠然と、堂々と佇んでいた
まずい、と隊長の電が心中で呟く
恐らく他の鎮守府が中枢まで攻め込んでいるからこそ、深海棲艦も負けじと姫クラスを出し始めているのだろう
遭遇した敵は戦艦棲姫を筆頭に、他戦艦1、正規空母2、重巡洋艦1、それと弾除けのためであろう潜水艦1
対してこちらは、電を筆頭に、加賀、足柄、川内、那珂、響の電撃戦部隊
下手な手で打って出ようものなら、正規空母や戦艦に沈められるのが関の山だ
加賀は利き腕を負傷し、足柄は左足がろくに使えない状態。正面から立ち向かう力を失ってしまっている
どうすれば。そう躊躇している間にも相手は武器を一斉に構える姿勢を整えている
「電ちゃん! どうするの?!」
決定権は最終的に隊長に委ねられている。だからこそ、電は焦っているのだ
自分の決めたことで味方に被害が出たら、取り返しのつかないことになってしまったら
その優しさが、周囲だけでなく本人をも追い詰めていく
「……! ……、……?!」
不意に声が聞こえた。その方向には、別の鎮守府の艦娘が取り残されている状態
見るとそれは、磯波と識別される存在だと一目でわかった
だが、明らかに様子がおかしい。服はボロボロ、皮膚にも外傷がありありと見える
しかも完全にへたりこんで、視点は不自然に揺れ、言動も覚束無い
「魚雷、いやぁ……! わた、し……天龍さ、が……!!」
どうやら船としてのトラウマがオーバーラップを起こしてしまい、完全に戦意を喪失しているようだ
深海棲艦が弱い獲物を逃すはずもなく、狙いを電達から磯波へと変える
―……シズミナサイ……?
脳に直接振動させるかのように透り、けれども明確な殺意を滲ませ、戦艦棲姫が右腕を左から右へと振るう
その合図を皮切りに、空母と戦艦が攻撃を打ち出す。正面に弾丸、上空には航空機
たとえ戦意を取り戻そうとも抗う意思すらも丸ごとひねり潰すかのような暴力的な攻撃
「……!」
電の脳裏に電撃が走る。刹那、内側から自分の声がした
―もう、誰にも沈んでほしくないの、です……!
電が駆け出した瞬間、磯波に主砲が差し掛かる
爆風で周囲の海がうねり、小規模な王冠を描く
「大丈夫、ですか?」
「え……?」
王冠が消え去った時に見えたのは、戦意を失った少女を守る、一人の駆逐艦の姿
誰も傷つけたくない、失いたくない。そう思うだけでは何も守れない
傷つくことを厭うままでは、全てが掌からこぼれ落ちて、何もかもを失ってしまう
自分が傷ついても構わない、それで守れるモノは確かにここにあるのだから
「電が……守るのです!!」
バチリ、と全身を閃光が駆け巡る。枷が外れる感覚、そして、内側から力が溢れ出す
「あれは……! 改二……?」
川内達が見たものは、装いも新たに、確とした強い戦意。電改二の姿であった
「加賀さん足柄さんはお互いの背中を守り合いながら砲撃の迎撃に専念してください! 川内さん那珂さんは
航空機の撃ち落としを最優先、響お姉ちゃんは電と一緒に遊撃に回って欲しいのです!!」
おどおどと怯えていた姿を払拭するかのように、電は声の限り叫んだ
電の決断に戸惑うも、最初に動き出したのは響
「わかったよ。……駆けよう、電」
瞬間的な推進力を活かし、爆発的に磯波の背後に忍び寄っていた砲撃を駆け出しながら即座に撃ち落とす
手柄にも油断せず、砲撃を次々とかいくぐり、索敵で発見出来ていなかった潜水艦の幾つかを的確に沈める
「も、もー! 那珂ちゃんの出番も忘れないでよねーっ!!」
いっくよー!とアイドル活動で鍛えられた独自のステップで軽々と航空機へと砲撃を打ち出していく
「これ、当然夜戦はあるんだよね? そのためにも……いくよ!」
姿勢を低くし、狙いを定めて駆け出し、標的を確実に打ち抜く。その姿は、さながら狩りに臨む獣の様だ
「随分と練度に差があるようですが、……やれますよね? 貴女は色々な意味で狼だそうですから」
「どっ……! どういう意味よ! というよりどこ情報なのよ、それ!? にゃぁぁぁっ! 飢えた狼、舐めないでよね!!」
加賀が敵を撃ち落とそうとするが、利き腕でないため幾つかは撃ちこぼしてしまうが、足柄がそれを追い落としていく
練度に相当な広がりがあることを見越して自然とそういった役割分担を行っているのだ
「もうすぐ陽が沈む……皆!!」
那珂の声に反応し、加賀と足柄は一旦攻撃を打ち止め、体勢を低くする
少しでも敵から見える体面積を減らし、夜戦での標的になる確率を減らすためだ
残る軽巡洋艦、駆逐艦は装備を主砲から魚雷へと切り替える
夜戦は発見次第の一触即発。一瞬の油断や混乱が沈没を招く
声を出さずに、夜目が利くことを利用して目配せのみで意思の疎通を図る
昼のうちに潜水艦は沈めたため、一方的に攻撃される可能性は無くなった
空母も夜戦では棒立ち人形の為数に入れない。残るは棲姫と戦艦、そして重巡洋艦
「よーっし、夜戦だぁぁぁぁぁっ!!」
掛け声をあげ、嬉々として突撃する川内。敵の注意はそちらに逸れるが
「遅い遅い、夜戦の私は甘くないよー?」
苦無のように構え、水中に打ち出された魚雷が敵へと確実にホーミングする
重巡洋艦がまるで特撮映画かのように爆発し、水飛沫が打ち上がる、それを背にして川内は
「川内参上。夜戦なら任せておいて」
これまた特撮ヒーローかのような決め台詞を呟いた
「那珂ちゃんだって、負っけないよー!」
戦艦のど真ん前へと突出していく那珂。戦艦は那珂を容赦なく狙い砲撃を撃ち出す
しかしそれも予測済みとばかりにひょいひょいと軽やかに避けていく
何度もそれを大きな輪を作るような軌道で避け、那珂はそろそろかな、と笑みを浮かべる
「いっせーの……いっけぇぇぇぇぇ!!」
那珂の合図と共にいつの間にか魚雷に囲まれていた戦艦へと四方八方から魚雷が襲いかかる
彼女はただ敵の攻撃を回避するだけでなく、その間に戦艦を中心に碁の目のように魚雷を配置していたのだ
為す術もなく、戦艦は無残にも直撃を喰らい沈んでいった
「これくらい出来なきゃ、最前線(センター)には立てないよね♪」
「響お姉ちゃん!」
電の声とほぼ同時に響は頷き、魚雷を三本打ち出した
直線と左右一本ずつの追尾型を戦艦棲姫は薙ぎ払いで全て弾いてしまう
「ウラーーーッ!!」
掛け声と同時に不規則に残りの魚雷全てを撃ち出し、次いで主砲を数発牽制に撃ち出す
パキ、と戦艦棲姫を支える駆逐艦型に揺らぎが生じた
「な、の……ですーーーっ!!」
懐に潜り込んだ電が戦艦棲娘に魚雷を押し当て、主砲を撃ち出す
主砲と爆風で電は勢いをつけて弾かれる。戦艦といえど、懐に入られれば防ぎようがない
―アァァァ!! ……ァ……ア……ッ!!
うめき声を上げながら、後ずさりしつつ、倒れ込んだ
後に生還した磯波は言った
―これが本当の『電撃戦』であったと
「電ーっ!」
戦闘が終わるとほぼ同時で、第一艦隊の雷達の姿が見えた
電は姉に返事をしようとするも、意識を朦朧とさせ、失ってしまう
「あれ、この格好……」
雷と同行していた扶桑が電を背負おうとした際、その違和感に気づく
電は改二になりやや装いが変わっている。しかしそれは雷も同じであった
「双子って本当にあるんですね、こういったこと」
目を丸くさせながら榛名が呟く
電達が電撃戦を繰り広げる間、別の場所で雷撃戦が巻き起こっていたことを、電はまだ知らない
今はただ、誰かを守れたという喜びと疲労感で眠りへと向かっていたのだから
電撃の妹
たとえ手が汚れても、傷ついたとしても、守りたいものが有るから
2016/02/02