Short dream

    「光忠」
    私は目の前に向かい合って座っている一人の男。いや、男の姿をした刀の名を呼んだ
    本来光忠の字は、どちらかというと人の苗字に近い部分ではあるのだが、彼は自分の名前が
    あまり気に入ってはいないようで、燭台切と呼ぶとやや複雑そうな顔を浮かべることが多い
    だからこそ、私はあえて光忠と呼び続けるようにしている
    名を呼ばれた光忠は、何かな、といつものように、世間話でもするかのように返した
    いつものように返答するには、今は明らかにも様々なものが違っていた
    時刻は深夜に近く、部屋は襖がぴたりと閉じられていて、そして、光忠は寝間着ではなく、普段戦場へ赴く燕尾服のようなものから鎧を外した状態であったからだ
    「…わかっているでしょう? そうでないなら、その装いは一体どう説明するのかしら」
    「こんな夜更けに女性の部屋を訪れるんだ、近侍として身なりはきちんとしないとね」
    常に己の身なりや振る舞いに注意を払う光忠らしい答えである
    万が一にも有りはしないが、夜伽の場合は逆に良くないのではないかと思ったが、以前同じ主の元に居た経歴を持つ大倶利伽羅の話によれば、
    光忠はあまり寝室に飾られたことが無く、知識としてもそういった行為は極めて浅いらしい
    となると、夜間の護衛や言付けくらいしか選択肢は無いわけで、筋の通った意見ではある
    「……仕事の話はあまりこういった場に持ち込まない主義なのよ、私」
    呼び出した本人が口にするのも何だが、無粋だ。昼に色事を持ち込む者が色ボケであることと同じように、夜更けに仕事の話を持ち出すのも仕事馬鹿だと思う
    「…。やっぱり、そういうのじゃないかな、とは思っていたけど」
    本格的に佇まいを直した光忠は、そう言って静かに口を閉ざし、私の開口を待った

    「私はね、光忠…、どうしても変えたい過去があるの」
    「…!」
    直すのではなく、変えたい過去。私は正面の光忠を見据えて、はっきりと言った
    彼の蜜色の瞳が僅かに揺れる。やはり私の一番の近侍だ。それだけである程度の事は察したようだ
    「その主の言う”変えたい過去”っていうのは、僕に関わっていること、なんだよね」
    「ええ。……貴方が焼けた過去を、私は変えたいの」
    だから、ねえ、光忠? と彼の瞳をあえて見ずに、私は彼の胸に顔を埋めるように抱きついた
    光忠が普段から決して外さない右目の眼帯と両手の手袋の下には、彼の刀であった頃の過去、
    大地震による火災で蒸し焼きとなったケロイド状の痕と純金のハバキが色濃く残っている
    それを気にして見た目や格好良さを気にし、時に困ったように笑う彼を見ているのが辛かったのだ
    周りと自身との比較、それによる淡い自己劣等感、そんなものが時折表面に浮かぶのが切なかったのだ
    その時代の過去に戻って、火に巻かれる前に彼を蔵から運び出し、無かったことにしたいと思うほどには
    時の政府の約定を破り、歴史修正主義者として堕ちても構わないと思うほどには、私は光忠を想っていた
    「堕ちた審神者なる者は、それが波及する前に速やかに露と消ゆるものと思へ」
    光忠が私を受け止めて発したそれは、審神者の約定の一つだった。歴史修正主義者は罪であり、悪である
    そんな存在に成り果てた者は、等しく審神者なる者に追われ、粛清される定めとなるという戒めだ
    「けれど、私は、それでも構わない……。貴方が居てくれれば、それで」
    貴方が心の底から笑うことが出来たならば。貴方が何の迷いも抱かなくなってくれれば。
    それだけで、露と消えても構わない。それほどに、貴方を愛してしまった
    「貴方は、こんな私について来てくれる…?」
    か弱い乙女のように、縋り付くように彼の服を握った。きっと、彼は違う答えを口にするだろうと思いながらも

    「……ごめん、主」
    謝りながらも、確として譲らない、はっきりとした拒絶
    一瞬目を見開きもしたが、それでこそ、私の想った人だ
    「光忠なら…、そう言うと思っていたわ」
    ある意味振られたようなものであるのに、酷く心は穏やかだった
    「確かに僕は、こんな状態になった自分を不甲斐ないと思ってはいるよ。けど、だからって無かったことにするのは、それこそ間違っていると思うんだ」
    綺麗事だろうけどね、と付け加えながら、光忠は言った。顔は見えないけれど、きっと凛としているのだろうと思うと、むしろ晴れやかだ
    「そう……。それじゃあ、この、世を乱す不届き者はどうなさるおつもりで?」
    「僕が、僕という刀が君を狂わせたのだから、自分の手で決着はつけるつもりだよ」
    視界の左側に蒼い光の粒子が煌めいた。恐らく光忠が己の一振りを体内から取り出したのだろう
    私、やっぱり死ぬんだなあ、とどこか現実味が無い。それでも身体は正直に、目前となった恐怖に震えていた
    そんな私を光忠の空いた左手がそっと包み込んだ
    「…あ…」
    「悲しんだり、苦しんだりする姿は、誰だろうと見られたくないものだろうからね」
    人に限らず、死の間際の人間はどちらかといえば醜い。痛みにもがいたり、衝撃に耐え切れず嗚咽を漏らしたりと意地汚いことこの上ない
    それを彼は介錯するという立場ながらに理解しているのだ。こんなところもやっぱり伊達男なんだ、と思うと、ますます胸が詰まった
    「安心して、主。…君を見放すような真似は、しないからね」
    カタン、と音が鳴り、刀の持ち方を変えてすぐ、その刃が私の胴体に滑り込むように差し込まれた
    「…っぐ、…っ!!」
    光忠から苦悶の声が上がる、先程の言葉通り、彼も共に死ぬ気でいるのだろう。見えないが、
    太刀であるはずの彼の刀の鍔が自分の背中のすぐ近くにあるのを感じる
    「ぁ、…くっ!」
    深々と刺さった刀をむしり取るように引き抜き、痛みで力が抜けたのか、ガタン、と刀が手放されたような音が背後で鳴った
    私と光忠の荒い息遣いが部屋に響く。刃でせき止められていた部分からじわじわと血が滲み出し、まっさらな空間に熱を与えていた
    痛みがある中でも、私を抱きしめた左手は緩まず、ずっと支え続けている
    「…みつ、ただ……」
    まだ肺にそこまで血が流れ込んでいないのか、圧迫感はあれども、まだ声を出すことが出来た
    光忠の荒い息遣いが少し密やかになり、自分の声が聞こえているのだろうと思い、更に続ける
    「みつただ…、わた、し…っ!」
    血が抜けすぎたのか、それとも喉までせり上がってきたのか。麻痺してきた肉体ではわからないが、声を出すのもやっとになってきた
    彼がせっかく隠してくれた醜い人の今際の面を上げて、彼の顔を見上げる。目が霞んできたが、まだ見えるだろうと思う
    「わ、たしは…、っ!?」
    きっと完全に心が止まって、無表情になるか、私情に流された私に愛想を尽かすか、そんな顔だと思っていたのに
    見上げた光忠の顔は、とても穏やかで、一番近い例え方をするなら、そう、想い人に向けるそれで
    途端に私は、どうしようもなく泣きたいような、更に溺れてしまいたいような気分におそわれた
    彼が私を振ってくれて、でも抱き締めてくれて、介錯を頼まれてくれて、それだけでいいと思っていたのに
    陳腐だが十分な幸せは、すぐそこに確かに有った
    今なら、今しか言えない
    「…みつた、だ…っ」
    きっと光忠を苦しめると、わかっているのに
    「わた、し……」
    困らせたくないと思ったのは私なのに
    「あなた、のこと…が…っ!」
    それでも、私は
    「だい、すき、…っ」
    貴方が、どうしようもなく、好きなんです

    そう言い切ると、だんだんと外側から見える景色が狭まっていくのを感じた
    「主…! どうして、なら、何でこんなこと…!!」
    ほんの少し、泣きそうな顔をして光忠が聞いてきた
    「だ、って……なまえ…」
    「え?」
    「かっこよ、くないっ…、きに…てた、から…」
    「……!!」
    光忠は最初に出会った時から、前の主である伊達政宗の名付けた燭台切という名前を常に意識していた
    それは安直な名前に対する複雑な気持ちだったり、その悪態をつけるほどに政宗公に並々ならぬ信頼を寄せていたり
    今思えば嫉妬、だったのだと思う。彼を時々困らせる政宗公に対する意趣返しであり、独占欲の表れでもあった
    歴史を変えたいと思ったことは嘘ではない、けれど、私のような罪人を斬ることで、光忠に影響を及ぼせないかと思ったこともまた事実だ
    結局、意味を成さなかったのかもしれないが
    「ご、め…ね……」
    少しずつ声が遠のく、目を閉じる前、光忠が何かを言っていた気がするが、殆ど機能を止めた耳では拾えなかったけれど、私の願望かもしれないけれど
    ―僕も、君が好きだよ
    そう、聞こえた気がした

    片思相

    両方は揃ってた。ただ、自分の片方にしか気づいていなかっただけで

    2015/10/11