Short story

    「倶利伽羅、ごめん……」
    呟く声音は、とても弱々しかった。もう喋るな、と返す一言すらも掠れる
    吐いた息は震えて、徐々に小さく、冷たく静まっていく。怒気と熱の渦巻く戦場の只中で、腕の中の身体が、段々と熱を失う
    「今度こそッ……守れると思ったのに、なぁ……」
    それは子供の拗ねた声のようでいて、宥める親の声のようでもあった。どうして、死ぬときですらそんな顔をしてるんだ。この期に及んで今更言い出すことも出来ずに、唇をキツく噛んだ
    「また置いてくことに、なる……、のか」
    自分のことを二の次にして、俺のことばかりを気にする言葉に、自分の無力さが叩きつけられる。氷塊をガリガリと削るような胸の痛みに顔を顰め、視界がゆらゆら揺れだす
    「泣、いてる……?」
    この至近距離ならば確実にわかるであろうことを訊ねるこいつに、更に痛みは増し、吐き出しそうになる激情をどうにか堪えた。もう、目も見えなくなってきたのか。徐々に訪れる命の終に、自分の身体は何もできず、泣くことしか出来ないというのに。なのに、こいつは、光を欠き始めた目を細めて、優しい笑みを浮かべて、とんでもない言葉を俺に言った
    「次はさあ、逢えなかったら。きっと倶利伽羅も幸せ、だよね……」
    今、こいつは。光忠は何を言ったんだ? 乱戦が続いている故の騒音が一瞬だけ、途切れたような錯覚すら感じるほど。頭の中が文字通り空になってしまうほど、その言葉だけはっきりと聞き取れた
    「――っ!」
    声が出ない。言いたいこと、伝えなければと思うことが多すぎて、頭が焼き切れそうなほどだった。こいつの、人としての仮初の姿が空に解けるように薄れていく。パキリ、という軽い砕ける音。俺の手と地面に、散った刃物の残骸が残る。熱も無くそれだけの感覚しか、残らなかった。前も含めて二度、燭台切光忠という刀は、俺の前から姿を消した。呆気なく、元から何も無かったように。けれども俺の心には、冷たい渇望だけを残していった。
    じわりと光忠の欠片を握りしめた両の掌に熱が伝って落ちる感覚のみが残る。

    しばらくして、歴史を守る戦は次第に終結へと進んでいった。歴史修正主義者は、感情の軍であったからだ。理由は個々それぞれだっただろうが、変えたいという頑なな想い。それだけで奴らは動いていた。対比して言うならば、俺達の軍は理。がむしゃらに戦を起こすより、明確な理由を以て戦っていた自分達の士気は高く、持続力が有った。これは後で知った事だが、俺達と共に戦っていた数多くの審神者は、歴史修正主義者によって歪められた本来の歴史に生きる人々で、その改変により生まれることなく消えた命であったらしい。大義名分を振りかざし、消えたくない確固たる意思がある。その気持ちに差が有ったのだろうと思う。しかし同時に歴史修正主義者は、歴史改変を夢見た俺達の残骸であることも戦の中で知った。それは側面だけを見れば、極めて純粋な想い。結局は、本当の正しさなどどこにも無いのだ。本丸は解体になる、人間本位の戦に神を引っ張り出した贖罪というには緩いが、功労として、人としての新たな生を得るか、再び刀として戻るかを刀剣男士には選ぶ権利が与えられた。多くの者は、本丸で得た心地よさを拠り所として転生することを選んだ。また刀剣男士は、本霊から別れて顕現したという性質上、同じ魂が幾つも存在することとなる。これに関しては、説明した審神者もあまり要領を得ていないようだったが。この世界は星の数ほどの幾万幾億の異なるものがあるらしい。それは誰かが生まれたり生まれなかったり、文明の進化の速度が違う等の微々たる違いから枝分かれした世界。その同じようで違う世界それぞれに魂を分散させ、同じ魂同士が出会うことのないよう配慮されるとのことだ。つまり、この本丸の刀剣は生まれ変わっても他の本丸の刀剣の生まれ変わりとは遭遇することがない。混乱を防ぐためだろうが、面白みがないと鶴丸国永もぼやいている。俺は最初、光忠の魂の無くなった今、転生するつもりはさらさら無かった。穏やかな世を独り生き抜くことは酷だと感じていたし、仮に転生した世界で光忠に出会えたとしても、それは『俺』の知っている光忠
    ではないかもしれない。そう思うと、転生など頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていただけなのかもしれない。俺はいつもより低く感じる空を見上げた。しかし、審神者はそんな俺を見て、そして同じように空を見上げて言った
    「ね、人はどうして生きるのかな?」
    「……いきなり何だ」
    「だって、人間は他を虐げて、苦しめて追い詰めるだけの害獣じゃない。それに、同じ人間だって迫害するし、何をしても満たされなくて、もっともっとって欲張る。終わりが無い息苦しさを持ってるのに、どうして本当に追いやられないと自殺なんてしないの? 生きてても、苦しいだけじゃない」
    審神者の語る人の世界は、自分の付喪神として見ていた頃より大分軋んでいるように見える。いや、これが実際に生きる人の感じる世界だ。青空に似合わない、毒のような価値観を吐き出す審神者に、少しだけ悩んでから答えた
    「生きたいから、じゃないのか」
    結局のところ、そうなんだろう。どれだけ手の届かない目標でも、どれだけ果てのない望みでも。手を伸ばしたいから、果てを一目でも見たいと願うから、追い求めるために生き続けるのだ。命ある限り、身体と心が望むままに。
    「……死なないから、とか。 なんとなく、とか言う人も居ると思うけど?」
    「それは言い訳だ。 死なないんじゃなく、死ねないんだろう。口ではどう言っていても、死ぬことが怖いから、生きる。なんとなくしたい事が見つかりそうな気がして、どこか心に引っかかりを感じているから生きる。とどのつまり、生きたいから、生き続ける」
    そう言い切ると、ふうん? と審神者が返し、にやついた表情を見せた
    「……何が言いたいんだ、あんたは」
    「大倶利伽羅だって、もうヒトだよ。 ご飯食べて、寝て、誰かと連んで、大切な人が居て。当たり前だけどさ、結構それを自然なことって思ってスルーしちゃう人も多いんだ。だからさ、それを大切にしてる大倶利伽羅は十分……ううん、そんな人よりもよっぽど人らしいよ」
    ――やらずに諦めるなんて、らしくないんじゃない?
    「……光忠も、生きるのか。その世界で」
    「それは正直、半々ってところ。ただ、貴方の想う光忠は、完全にはいなくなってない。光忠ももう一度生きたいって思ってたら、きっと居る。同じ本丸で過ごした分霊の魂は、それだけで縁が出来ているから、また、会えると思う」
    「……」
    光忠が、人として生きることを望んだ確証はない。けれど、それだけで諦め切れるほど、大人じゃない。想いを固めると、審神者は転生する作業へと俺を誘った

    時は現代。俺は刀派相州の分家の一人息子として生まれた。厳しくも静かな家庭で、大きな事故も無く平穏に育つ。二つ上の鶴丸国永も、三条家の親戚筋――五条鶴丸として生を受け、小学校高学年の時に再会した。お互い刀剣男士としての記憶を持っていたから、付かず離れずの距離感を得られる。会話もそこそこに、鶴丸は声音を幾分暗くして俺に問いかけた。光忠に出会えたか、と
    「……まだだ。けど、中学高校まで上がればある程度自由に動けるようになる。どれだけかかっても良い、俺はあいつを……光忠を見つけだす」
    一切の淀み無く、俺は答えた。鶴丸は目を見開き、伏せる。明らかな陰りに、また俺が離別で苦しむことになるんじゃないか、そう思っているのかもしれない。けど、それ以上に俺は光忠に言いたいことが有るんだ。あの時の言葉を。出会わなければ良かったという言葉、それを絶対訂正させてやる。心底複雑そうな顔をして、鶴丸は言葉を濁す
    「ああ。見つかると良いな、あいつに……」

    それから数年して、俺は高校生になる。その頃には親族の集いで、遠縁にへし切長谷部が居ること。鶴丸の友人に一期一振が居て、藤四郎の子は皆孤児院で、血の繋がりの無い兄弟として暮らしているということなどを知っていた。それらに出会い気づくことによって、自分は刀剣男士としての生の中で多くの縁を作ってきたのだと感じさせた。しかし、肝心のあいつが居ないことで、過ぎる季節がどうしようもなく、幾重にも長く感じられた。学校指定のブレザーを着て、足早に校門を過ぎる。一際強く風が吹き、木から落ちた桜の花びらが空へ舞い上がった。何となしにその流れに従うように、同じように見上げる。瞬間、俺は自分の目を疑った。三階の左隅の教室、窓が開いているそこから外を見る学生の姿。艶やかで整った黒髪。琥珀のように透った蜜色の瞳。右目を覆う眼帯の種類こそ以前と変わっていたが、その姿は俺の知る光忠そのものだった。
    ――やっと会えた……!
    おれの中を熱い何かが駆け巡るの感じた。今度こそ、絶対に離さない!あの時愛しい者の手を掴めなかった己の右手を、掌に爪が食い込むほど強く握りしめる。光忠のクラスメイトと思われる男が名を呼んだ、光忠と。どうやら新入生歓迎会の集まりに、俺のすぐ近くから光忠と声を上げているようだ。すぐ行くよ、と返す物腰の柔らかさも、変わっていなかった。あの教室の位置ということは、俺と学年が違うのか。そう思うと同時に、一つ謎が浮かぶ。クラスメイトの名札に付いていた番号、あれは国永と同じものじゃなかったか。確か国永の名札に付いているシールはV-Aだったはず、今のクラスメイトのものもそうだ。この学校は他の学校よりも新入生以外のクラス発表が早まっていて、三月頃にはもう国永の名札にはローマ数字の三のバッジがキラリと光っていた
    ――まさか、隠していた……?
    そうだとすれば何の為に。ひとまず、落ち着いたところで一度訪ねてみるか。入学式に遅れないように詮索は後回しとし、その場を離れた。同じ学校なら、チャンスは幾らか有るだろう

    「すまない、くにな……、五条先輩は居るだろうか?」
    入学して早数日。入学式の時に覚えた疑問を解消するべく、三年生の教室へ行く。仮にも下級生が、ズカズカと上級生の教室に入り込むのは良くないと、入り口近くで雑談をしていた上級生に訪ねた
    「なー光忠、頼むよ〜!」
    教室の一角で、拝み倒すように両手を合わせて頭を下げる男。それに困ったような笑みを浮かべている、光忠の姿がそこには有った
    「うーん。でも、そればっかりは僕の出番じゃないと思うけれど……」
    「光忠が手伝ってくれたら助かるんだけどなー」
    頭を下げる男と仲の良さそうなクラスメイトが、光忠と肩を組もうと腕を回す。国永も以前やってたな。人が良いから親しまれやすい光忠らしいが、と思うも、その後の行動は想像と違った
    「……! あ、ごめんね。ちょっと用事が有って……」
    その手に驚き、距離を取ったのだ。何気なくした行動だからか、男も光忠がいたたまれなくなって、教室を足早に出て行った後も口をぽかんと開けていた。あの様子は一体何なんだ? 俺はどこか対応の違う光忠を謎に思って、通っていった廊下を静かに見つめた。国永が肩を叩いて、上で話そうぜ、と屋上を指差す。仕方なしにそれに従い、渋々教室を後にした

    「国永、光忠とは同じクラスなんだな」
    「ああ、一応三年連続だ。 あちらはどう思ってるか、わからんがな」
    「前々から知っていたことに言い訳はしないのか」
    俺が中学に通っていたとき、国永は確かに『光坊とは出会っていない』と言っていた。しかし、この口ぶりからするとその前から知り合っていた可能性すら有る。はやる気持ちを抑えて、国永へ更に問う
    「何で言わなかった? 確かに強制したつもりは無かったが、隠すことは無かったはずだ」
    真っ直ぐに見据えると、国永は目をそらしてボソリと呟いた
    ――伽羅坊がこの学校を選ばなきゃ、ずっと言わなかったかも知れんな
    瞬間、弾かれたように身体が動いたと同時に、国永が壁に叩きつけられる。否、俺が胸ぐらを掴み上げて壁へ押し付けていたのだ。国永の呻く声も聞こえないほどに、強く激昂した。ふざけるのもいい加減にしろ。自分でも驚く程低くなった怒声と共に、ギリ、と一層押し付ける力が強まる
    「ほ、ら……! お前は光坊のことになると、すぐカッカするからな……ッ」
    「俺はアンタが、……俺の気持ちを軽く見ていたということに怒っているんだ!」
    「……誰が、何を軽視してたなんて言った」
    青みすら感じる彩度の低い肌に映える金の瞳が鋭く俺を見据えた。ぞわりと寒気がするほど怜悧な声に、思わず怯んで、掴んでいた手を離す
    「逆だ逆。……俺はお前の想いが、光坊の負担にならないか。今の光坊が、お前を傷つけないか。それが心配でならないんだ」
    ゲホゲホと咳き込みながら、国永は自分の想いを話し始めた
    「伽羅坊の思っている通り、俺は中学の頃、光坊と出会った。伽羅坊が再会した時の為にも、光坊と昔みたいに仲良くなろうとした。それが上手くいけば、友人として会わせる気だった」
    だが、とそこで国永は言葉を詰まらせる。どうした、と聞けば、国永は恐る恐るといった様子で再び言葉を選び俺に訪ねてきた
    ――本当に、あいつに関わる気なんだな?
    「今更何を……。俺はあいつがどうだろうと、もう離したくはない」
    一切の迷いなく言い放つ。国永にもそれが伝わったのか、重い口を開いて言葉を発する
    ――今の光坊に、あの頃の記憶は無い。そして、火と繋がりに強い恐怖を持っている
    「繋がり……?」
    「悪いが、今はそれくらいしか言えない。……勿体ぶってるように聞こえるだろうが、俺も昔馴染みのことをべらべらと話すような、デリカシー無いやつにはなりたくないからなあ」
    両腕を頭の後ろに回して、眉を下げてそう言った。こればかりは国永が正論だ。本人の許可なく、しかも本人の居ない場所で語ることは人としての配慮の問題だ
    「分かった、後はあいつに聞けと。そういうことなんだな」
    理解が早くて助かる、と肩をすくませ、国永は答えた。ならば話は早い、光忠に会って、心を開かせてやる外ないのだから。あの時、付喪神であった頃、刀剣男士であった頃の俺に対してと同じように。不慣れなことではあるが、致し方あるまい。国永に礼を言って、俺はその場を離れた

    それまでは良かったのだが、肝心の光忠のガードが硬い。国永の友人だということで紹介してもらい、知人から徐々にクラスアップしようと試みる。元々人の頼みを断れないという光忠と関わりを持つこと自体は難しくなかった。ただ問題はそこからだった。例えば昼食時、中庭のベンチに腰掛けている際、それとなしに距離を詰めようとすると、その分距離を取る。人一人と少しほどある間を絶対に保とうとするのだ。他にも色々と有ったが、一番苛立ちを感じたのは、校外マラソンの時だ。足を挫いた光忠を背負おうとしたら、本気で拒否された。恥じらいどころか、泣きそうなほどにブンブンと首を振られて。はっきり態度で示されて、ある意味泣きたいのはこちらのほうだ。国永が先にゴールして教師に連絡することで事なきを得たが、あれはどうかと思う。俺が運べば余計な手間は掛からなかったのではないか。積り積もる、燻る感情を持て余しながら、日々を過ごしていった

    その日の放課後、クラスで行ったアンケート用紙を運ぶ途中の光忠に声を掛けた。言い方は悪いが、国永が事前にここを通ると言っていた為、待ち伏せ……のようなことはしていたのだが
    「えっ、いや良いよ。 これぐらい運べるし、丁度先生に聞きたいことが有るから、待つのが面倒だったら帰っててもいいし……」
    そう答えようとした光忠が僅かに俺の方を見たとき、言葉を詰まらせた。多分、いつもより俺が近くに居たからだろう。少し動揺して、動揺、して。光忠は階段の途中で足を滑らせた。「ッ、危な……!」
    その体に腕を回して、引き寄せる。段差のせいか上手く支えきれず、抱き寄せたはいいものの、階段に思い切り尻をぶつけてしまった。鈍痛と、光忠の手から離れたコピー用紙のハラハラと落ちる音。それらが遠く感じるほど、俺達の距離はすごく近くに有った。
    「あっ、ご、ごめん倶利伽羅! すぐ退くから」
    「……別に、気にしなくていい」
    「もう大丈夫だから、ね? 本当にありがとう、だから離し……」
    「嫌だ。……離さない……」
    俺から距離を取ろうとする光忠に言い切り、抱きしめる腕に力を込めた。今の俺達は、普通の男子高校生の距離感じゃない。咄嗟に庇われたことに感謝こそすれ、離す気配の無い俺に光忠は恐怖すら感じているのではないだろうか。現に、身体は何にかはわからなくとも、震えていた。
    「……光忠。 唐突で悪いが、俺をどう思ってる?」
    ぴたり、と面白いくらいに光忠の身体が固まる。状況についていけず、頭の中は混乱真っ只中なのかもしれない。いきなり下級生に怪我するところを庇ってもらって、よくわからない距離感でよくわからない質問をされている。光忠からするとそういう認識でしかないし、傍から見てもそうでしかないのだから
    「どうって……質問が広すぎ、じゃないかな?」
    まあ、想定内の答えだ。俺が聞かれたとしても、質問の意図も汲み取れないから同じように返すと思うだろうから。焦りすぎて招いた今の状況、利用するしか無いだろう。正直な話、ここでそのまま手を離しても、その後あからさまに距離を取られるようになる結果にしかならないだろうし。意を決して、俺はその言葉を言った
    ――あんたが、好きだ。 さっきは、そういう意味で聞いた
    光忠が息を詰めたのがわかる。先程よりも緩くしか回していない手を、光忠は振り払うのか。もどかしい程の、息苦しい沈黙がしばし流れる。それを破ったのは、言葉じゃなかった。俺の右腕に雫が落ちた。それは一度こぼれると、更にぽろぽろと溢れ出す。光忠が泣いていた
    ――君は本当に、真っ直ぐだよね
    今も昔も。次いで光忠の口から出た言葉に、俺は耳を疑う
    「思い出した、のか……?」
    「ちょっと前から、ね。 少しずつ、君や鶴丸さんと接してく内に、思い出してきたんだ」
    最初は、戦の最中という夢を見ることで思い出し、恐怖することも有ったと言う。言葉を詰まらせながらも、答えてくれた。光忠はそれに付け加えるように、俺に問いかけた。僕は、君のことが好きだけれど、この体質だから、と
    「僕に関わった人は、皆燃えてしまう。 それが僕の因果と宿命なんだ、だから……」
    「そんな事、どうでも良い。 それでアンタが一人で居なくなることが嫌なんだ。 残していくのが嫌なら。その時は、俺も一緒に連れていけ」
    アンタの招く炎になら、焼かれても本望だ。そう言うと、また光忠は、肩を震わせた
    「……光忠、いい加減顔を見せろ」
    「イヤ、だよ……、僕、酷い顔してるか、ら……ッ」
    手で涙を拭く光忠の腕を引き、身体ごとこちらに向かせる。夕日で赤みが射す校舎。それとは別に光忠の白い肌に浮かぶ淡い紅。涙に濡れ、溶けた蜜のように揺れる瞳。これ以上余計なことを言わないように、隙間を埋めるように、口付ける。呼吸が消える、熱い閉塞。逃げようとする光忠の腰を、もう片方の腕を添えて留める。ただ、口づけの合間に静かな空間に聞こえる単語にすらならない吐息にすら、愛おしさが増すだけだった

    光忠は俺や他の刀剣の生まれ変わりと同じく、ごくごく普通の一般家庭に生を受けた。少し気難しい父親と、愛情深い母親。どこにでも有るような暖かい家庭で光忠は育つ。しかしある日、その日常は脆く崩れ去った。夜に怖い夢を見たという光忠は、いつもの自室ではなく、母親と父親の寝室で眠りについていた。だが、朝よりも早く、光忠の目に映ったものは、赤く揺らめく炎だった。息苦しさに目を覚ました光忠の視線の先には、木製の扉。しかし、家具が倒れて塞がれてしまってる。逃げようにもそこは二階で、ただで飛び降りれば大怪我を免れない。光忠の母親は、使っていた毛布を3枚ほど、光忠の身体を包むように巻く。突然のことに驚くしかない光忠に母親は言った。
    ――ちょっと痛いかもしれないけれど、光忠は我慢できるわよね?
    優しい母親の口調がいつもと変わらなかったことから、光忠も安心して、いつものように返事をしてしまう
    ――うん。だって僕、お父さんとお母さんの子供だもん
    子供らしい、説得味の薄い返答に微笑み、母親は次いで言葉を続けた。お母さん達も、後で必ず行くから、と。毛布で完全に視界が見えなくなって、ガシャン、という割れる音に続く浮遊感。父親が部屋の椅子を使って窓を割り、外へ毛布ごと光忠を投げ込んだのだ。庭には植木が有ったから、それがクッションになり、怪我は軽いかすり傷程度で済んだ
    ――お母さんとお父さんは……?
    危機的状況を脱して冷静になった光忠は、途端に両親が心配になり、家を見上げる。家が赤黒くなってゆらゆらと揺れていた。寝室とは別の部屋の窓枠が溶けて外へ落下する。燃える規模は広がり、野次馬や近所の人が集まってきて、消防車や警察車両も駆けつけた。その一連の間光忠は混乱し、救急車に乗っていた医師に宥められていた。結果として、光忠は火事により家と家族を失った。規模は最終的に一家全焼、火の出処は最後まで不明だったらしい。この時に光忠は火傷の経過が悪く、かつてと全く同じ場所に同じだけの火傷跡が残った。
    茫然自失の光忠を引き取ったのが、伊達家。元々親族の誰ともあまり容姿の似ていない光忠は、居場所が無かった。誰かのヘマで出来た子だとか、捨て子だとも以前から陰口を叩かれていたことも有ったという。前まで守っていた両親は居らず、孤児院に入ることが最早決定しているような状況が相当早くから出来ていたそうだ。親戚の家から学校に通う数日間。早く家に帰ることが苦痛だった光忠は、公園で暇つぶしをしていた。
    ――僕、悪い子なのかな
    悪い子にはお仕置きを。それは読み聞かせてくれた絵本でも言われていたこと。キィキィと年季の入ったブランコが同調するように音を鳴らす。その時だった。
    ――お前、一人なのか?
    その人は、光忠と同じように片目に医療用の眼帯を着けていた。切れ長の瞳を僅かに丸くして、光忠へ声を掛けていた。そこからは本人もよく覚えていないそうだが、一緒に遊んで、同じ火傷跡を持っているという親近感からか、その人の家に引き取られる流れになっていたそうだ。それからしばらくは伊達の、しかも本家預かりの状態で世話されていた。光忠と遊んでいた青年は、伊達家の嫡男で、一人息子であったことから、光忠を本当の弟のように大層可愛がった。光忠はしばしば火事の時の夢を見て、泣いていることも有った為、添い寝することも多かった。しかし、それもずっとではなかった。家の周囲一帯が工事か何かで停電することになり、光忠の家はレトロにも蝋燭で夜を過ごすことになる。火の扱いは子供、光忠は特に危険だということから、嫡男はその日も同じ部屋で寝ることになった。風も吹かない静かな夜。突然、蝋燭を立てていた台が前触れもなくカタカタと揺れ始める。揺れは段々と強まり、ひとりでに倒れた。和室であることから、畳や障子へもすぐに燃え移る。幸い嫡男の判断力から、寝室が焼け焦げる程度で済んだ。ちなみに、地震も風も全く無く、他の部屋の燭台は一つたりとも倒れてはいなかったと言う。光忠は二度起こった理由不明の火事が自分のせいではないのか。自分が悪いのだと子供心に思うようになった。そこからの光忠の行動は素早い。恐怖心を自分でどうにか抑え、折り合いを付けるようにした。本家ではなく、無理を言って別邸の一室を借り、必要時以外本家には寄らないようにもした。自分から特定の人を作らないようになった。そうして、今の光忠の人格は出来上がっていった

    過去をぽつりぽつりと語る光忠の寂しげな横顔を見ていた俺は、酷く淡々と告げた。
    ――じゃあ、海外にでも行くか
    その時の光忠は子供みたいな、素っ頓狂な顔をしていた気がする。今まででも数える程しか見たことが無かったその表情に笑ってしまいそうになった。光忠が言うには、自分は一度折れた刀剣の魂である。しかし、転生を望み、人としての生を受けた。本来現存できないモノを補うため、因果が課されたのだという。光忠の場合は、火。強い激情、関わり、それらを溶解するような因果。以前審神者が伊達家を訪れた際、そう言っていたそうだ。記憶が戻った今になって、やっとその忠告をした女性が審神者だと気づいたことには光忠も焦っていたが。まあ、とどのつまり、光忠が自分の周りの人間を傷つけることを厭うのなら、いっそ国外へでも行ってしまえば良いのではないか。ちなみに、チケットはもう有ったりする。ピラ、とその紙切れ二枚を見せれば、光忠は面白いほどに固まった
    「そ、そんなのどうやって……。だって君、高校生……」
    「長谷部に調達してもらった」
    光忠が気に病むことを想定して、予め長谷部に相談していた。すると、数日後、今時じゃあまり見かけない程丁寧な便箋に縦書きの4枚半に渡る手紙が届き、それに付随していたのがこのチケットだった。手紙には、悩むくらいなら海外に行ってこい。どうせその国なら日本号が居るから、アレを適当に使え。直訳すると、それぐらい乱雑な内容のものが、綺麗な筆跡で記されていたのだから苦笑ものだ。

    その後、チケットの日付当日。半分夢現状態の光忠を連れて、空港へ行く。流石にそこまで行くと、光忠も思考が落ち着いてきたのか、手を引かなくとも付いてこられるようになった。そこは現代で戦国武将DQN四天王呼ばわりまでされている天下の伊達家の名刀だ。土壇場には強いのだろう。スムーズに搭乗までこぎつけることができた

    「ねえ、倶利伽羅」
    ――手、繋いでもいいかい?
    言葉とは裏腹に、差し出す手は震えていた。俺の右手を、光忠の左手と重ねる。何かの拍子で外れても面白くない為、更に指を絡ませた恋人繋ぎにした。男同士のごつごつとした手であまり力を入れると痛いと聞いていたから、緩くしか力は入れないようにする。最初は瞳を大きくして驚いた様子の光忠だが、目を細めて、照れながらも嬉しそうにしていた。その時、俺はかつて世話になったあの人が光忠に伝えたという言葉を思い出していた。光忠の因果は炎と激情。光忠の心が揺れると、繋がる者にそれが伝播して災を呼ぶ。光忠の生家が燃えたとき、光忠は両親に抱かれていた。伊達家に不審火の件が起こったとき、頭首は光忠にかかりきりだった。繋いだ手から、光忠の僅かな冷たさと緊張が感じられる。つまり、そういうことなんだろう。だが、わかっているからこそ、その手を離すつもりは更々ない

    「たっ、大変だよある……――さん!」
    どこからどう見ても女の子にしか見えない華奢な少年が、ある人の家へ駆け込んだ。家主は嫌な顔一つせずに少年を迎え入れ、急がず話をするよう優しく言う。しかし、少年――四藤乱は、その人形然とした顔に怯えと恐怖を滲ませて、青ざめた表情のまま、自分の携帯を取り出した。乱が緊張からか液晶へとぎこちなく、たどたどしく指を滑らせる。目当てのものを探し当てると、そっと家主へその画面のまま手渡した。それは速報のようで、何かの事故の詳細だ。飛行機の墜落事故、捜索隊出動するも生存者は今のところゼロ。機体は海上に落下した為、徐々に沈没し始めており、時間との勝負であると書かれていた。その下を見て、家主は表情を凍らせる。飛行機の搭乗者リストの中、そこには二人の知人が載っていたから
    ――日本人:相州倶利伽羅、伊達光忠……

    骨すらがそうとも

    色が溶け落ちる世界だって、君の傍で見たいから
    (アイビーの花言葉:死んでも離れない)

    2017/01/29