Short dream

    賈クは居城の玉座を訪れ、そこに鎮座する少女を見つけ、思わず脱力した
    そこには、賈クが探していた君主が、何事もなく寝入ってしまっていたのだから

    そもそも玉座は上半身を横にして仮眠に使う場所ではないし、
    彼女の境遇を考えれば、どこでだろうと寝るなど考えられないことだ
    それを賈クの君主−歌憐はごく自然といった様子ですやすやと眠ってしまっている
    賈クが歌凛を探していたのは、再来月ほどに、隣国の首都を襲撃する許可を貰う為だった
    軍議でどうせ顔を合わせるため、今すぐに承認が必要というわけではない

    しかし、この女君主は猫も驚く程に気まぐれで気分屋だ
    気に入った部下が引き抜かれたとあれば、相手の国力を根絶やしにする勢いで一方的な襲撃をして疲弊させ
    部下が国ごと離反すれば、周辺国を統一させたあとに首都へ攻め込んで丸ごと領土をかっさらい
    隣国との関係が膠着すると、恫喝・挑発の外交で相手に先に攻めさせて反撃の大義名分を得、総攻撃を仕掛けたりと
    後の世に語り継がれるとすれば、間違いなく逸話に事欠かないであろうことは想像に易い
    そんな歌憐をつかまえるのは時の運が試される。間違いなく今の方が楽だ

    賈クは玉座の前で片膝を付き、歌憐をまじまじと見つめた
    どこか異国然とした雰囲気のある衣服を纏い、肩ほどまでの艶やかな黒髪が寝息で身体と共に上下している
    背も小さいので幼く見えるが、静かに寝ていると更に子供のように映ってしまう
    とはいえ、彼女の統べる国柄としては、このまま寝かせておくわけにもいかない
    ゆさゆさと歌憐の肩を揺さぶると、次第に眉を顰め、ゆっくりとその目が開かれた
    「ようやくお目覚めかい、君主殿?」
    「かく……?」
    歌憐は自分を起こした人物の姿を視界に捉え、そう呟いた
    しかし、半覚醒といったところだろう。視界もおぼつかなく、ぼんやりとしている
    しかも瞳はゆらゆら揺れて、また閉じられようとしているのだから、相当眠いのだろう
    案の定数秒とする前に再び寝息をたて始めてしまっている
    こりゃ、今回話ができる状態じゃないな。そう判断した賈クは、ひとまず彼女を移動させようと、
    歌憐の背中と膝裏にそれぞれ腕を差し込み、抱え上げた。所謂横抱きである
    「よっ、と……」
    抱え方が浅かった為か、一度深く抱え直す。ぽす、と歌凛の右頬が賈クの胸辺りに寄りかかる形になった
    うと、と一度目が覚めたようであったが、再び眠りへ落ちてしまった
    こうなれば仕方がない。幸い、物ぐさな君主は玉座の間からすぐ近くに自室を設けている
    それだけの距離ならば、体力自慢でない賈クでも人一人運べるだろうと考えられた

    かつかつと、静かな玉座に賈クの足音だけが響く
    武将としてはやや低い部類に入る、賈クの腕にさえ収まってしまう少女が持つには余りにも不相応な玉座
    君主−歌憐の治世は、恐怖政治だ
    絶対的な権力と武力。臨時徴収を行うこともあれば、他国の民村を焼く非道に身を染めることもある
    その振る舞いに憤りを覚え、離反し、歯向かう将も数多い
    現に、暗殺や毒殺といった後暗い殺し方を何度もされかけ、見つけ次第、一族郎党皆殺しとしている
    しかし、完全なる悪政という訳ではない、と賈クは感じていた
    徴収が必要でない時期になれば、徴収した分の返しは行うし、自国を無闇に危険に晒したり、見捨てたりはしない
    部下に対してであっても同様だ。離反した将の中には、横領や悪行が度を越し、
    処罰を受け、逆恨みで独立・寝返りをした者も存在している
    味方は守るべき、敵は容赦無く殺すべき。それが歌憐という少女の中で完全且つ徹底されている事実だ
    だが、そんな考えは机上の空論であって、実際に行える人間はそう多くはいないだろう

    また、交友を持つ相手も変わっている。以前同じ君主に仕官していた際、能無しだと彼女が評価を下した将
    それが大将軍の地位についていたことを知り、無能には同じくらい無能か、勿体無いくらいの優秀さを持った部下がいる、
    という持論から引き抜かれ、快く応じた流浪の軍師−徐庶
    歌憐が起こした謀反により、国を乗っ取られ、君主としての地位を失い
    しかしながら、彼女の中に見出した何かにより、部下としての新たな生き様を得た傾国の舞姫−貂蝉
    この二人をその後の交流で得た信頼から義兄弟にし、あまつさえ、賈クを伴侶として選んでしまうくらいには変わっている
    歌憐は何もかもが極端すぎる。政治も、人を視る目も、本当になにもかも
    一見すれば私情で力を振るっているようにしか見えない彼女は、今や天下の半数近くを得る有力者だ
    乱世は打算で渡るもの、を信条としている賈クではあるが、何もそれだけでここまでついてきたわけではない
    彼女の奔放さ、その裏に秘めた影。その両方に、賈文和という男は惹かれていた
    歌憐が旗揚げをしたのは、世界が余りにも騒がしいから。ただそれだけ
    蚊が五月蝿いから叩き潰すというのとほぼ同じ要領で、以前そう言っていた
    国は分かれているからそれぞれの小競り合いが耳障りだと。ろくでもない輩で溢れているから、目障りだと
    そんな国や民をまとめあげ、邪魔者を全員消せば、静かになると
    賈クも元々国に所属する太守であった
    しかし、この少女の理想の突飛さ、そして瞳の真剣さに、賭けてみたくなったのだ
    「とはいえ、ここまでは予想してなかったんだがねえ……」
    末恐ろしい女だよ、あんたは。賈クの呟きは静寂にぽつりと浮かび消えた

    「ん……」
    もぞ、と腕の中の少女が僅かに揺れた
    思わず立ち止まり、名を呼ぼうとした賈クだったが、少女のか弱い声が遮る
    「……く……。いかな……で……」
    傍にいて、と賈クの服を握る歌凛の手は、微かに震えていた
    夜を怖がる子供のような声で。現実で自分を抱えている人の名を、確かに呼んでいた
    時折こういったふうに、恐らく少女の本音は混ざり込む
    ある時は戦場、ある時はこういった幕間に
    どこまでも悪逆と誹られる歌憐が、縋り付く、たった一人の相手
    「はぁ……、あんたって人は……」
    更に深みに嵌ってしまいそうだ、と賈クは思った
    「俺みたいなので構わないなら、どこまでもお供いたしますよ」
    言葉こそ堅苦しいものだが、その声音は暖かく、優しいものだった

    全て紫紺に染め上げて

    言葉足らずの悪逆姫とぴったりはまる曲者の大将軍のお話

    2015/11/08