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―「暑さで溶けてしまいそうだぜ。」そう独り言ちたのは、鶴丸国永である。
普段は驚きを求め、本丸内を元気に駆け回っては悪戯を仕掛けている彼だが、今年最高の暑さを記録した今日は、
流石の鶴丸でも驚きより涼を求めたいところであった。
「おい、あんた。手が止まっているぞ。」と水やりをなかなか始めようとしない鶴丸に
あきれたように注意するのは初期刀の山姥切国広である。
最高気温を記録したにも関わらず、その頭には相変わらず普段の大きな布を深々と被っている。
彼らが居るのは本丸内の畑に隣接する形である向日葵の植えてある手作り花壇の前だ。
この花壇は粟田口の短刀と脇差が主からもらった向日葵の種を植える為に作ったものだ。
最初は一期一振を始めとする粟田口の刀剣達だけが水やりをしていたが、短刀経由で伝わったのか
今剣や小夜左文字、その兄弟、そのまた親しい刀剣と粟田口の向日葵花壇は伝わり、
結果として、内番の1つに花壇の水やりが組み込まれたのである。
「ったく。本当は俺は今日非番だったんだぞ。」とぼやく鶴丸に山姥切は冷めた目で
「あんたが大倶利伽羅にしょうもない悪戯を仕掛けたのが悪いんだろう。」―自業自得だと言い、自分の作業に戻る。
本来なら、今日の花壇の水やり当番は山姥切と大倶利伽羅だった。それがどうして鶴丸になったのかというと、
いつも通り暇を持て余していた鶴丸が、大倶利伽羅に悪戯として服の襟首に氷を突っ込んだところ、
同じくこの暑さに参っていた大倶利伽羅がかなり驚いて足を滑らせて転び、手入れ部屋行きとなり、
それを偶然近くで見ていたへし切長谷部に咎められて、罰として大倶利伽羅がやるはずだった水やり当番をすることになったのだ。
「でも、こんなに暑いと動きたくなんてなくなるぜ。」と汗で肌に張り付いた内番服の襟元をパタパタと動かす。
この本丸がある越後国は夏は日本海からくる湿った空気のせいでジメジメとした暑さに見舞われる。
五虎退の虎や鳴狐のお供の狐などにはたまったものではないだろう。
山姥切は一向に動こうとしない鶴丸に1つため息を吐くと、縁側の方へ足を運んだ。
「おい、何処へ行く?まだ内番は終わってないだろう?」と今度は山姥切を引き留める鶴丸に背を向けたまま
「俺の仕事はあんたがサボっているうちに終わった。…冷たい麦茶でも持ってくるから、それまでには終わらせてろよ。」
と早足に室内に入っていった。
そんな山姥切の小さく呟かれた言葉と揺れた布の間から見えた赤い耳を見て、鶴丸はどこか楽し気に口角を上げた。
ようやく水やりを終えた鶴丸が額に滲んだ汗をぬぐっていると、「鶴丸。」とか細いが鈴を転がしたような声が背後から聞こえた。
鶴丸が振り向くと、そこには汗をかいた麦茶のグラスを2つ盆に乗せて持つ当本丸の主である『茜』の姿があった。
「ああ、キミか!山姥切はどうした?」確か彼が麦茶を取って来るはずだったのだが…と不思議に思った鶴丸が茜に尋ねると
「彼は今、厨の方で新しい麦茶を作っているところよ。だから代わりに私が来たの。」この暑さのせいか、
麦茶の供給が需要に追いついておらず、手の空いている者たちが麦茶を作ったり、
麦茶のパックを万屋に買いに向かう者もいるのだ。
―近侍の長谷部が聞いたら、きっと鬼のような形相で山姥切を咎めるんだろうなあ―と鶴丸は主命第一の長谷部と
そんな長谷部にタジタジになっている山姥切を想像して笑った。
「そうか。暑いだろう。あっちの方で飲もうぜ。」と縁側を指さす鶴丸と共に縁側に腰掛けた茜はフゥと小さく息を吐いた。
「大丈夫かい?キミは体が弱いのだから、無茶をしたらまた倒れるだろう?」と主の体を気遣う鶴丸に大丈夫だと返す。
先天性白皮症―アルビノである彼女は体が弱く、今も大きなツバの麦わら帽子を被り、紫外線対策用の眼鏡を掛け、
肌が出ないように長袖の白い服を着ている。
茜はふと隣に腰掛ける鶴丸を見やる。自分と同じ色の髪色であるのに、何故か綺麗に見える。
この体質と容姿が原因でかつてはイジメに遭い、両親にも気味悪がられていた為、茜は自分の容姿を好いてはいなかったが、
この鶴丸は自分の事を生まれて初めて褒めてくれた事と、似通った容姿でありながらキラキラした鶴丸に惹かれてしまったのは
自然の摂理ではないかと思う。
下を向いて黙ってしまった茜が心配になり、鶴丸は「大丈夫かい?」と声をかける。
「鶴丸はさ、私のこの髪と目を見ても不気味がらなかったよね。」と突然紡がれた言葉に鶴丸は目を丸くした。
「私…、この体質のせいで学校や近所の子たちと遊べなくて、イジメにも遭っていたの。お父さんとお母さんにも気味悪がられて、
施設に入れられて、政府に目をつけられて…。」そこまで言った茜の赤い瞳から涙が零れた。
「それは昔の話だろう?」と鶴丸は勢い良く立ち上がった。
「この本丸にはキミを馬鹿にする奴がいるかい?不気味がる輩がいるかい?俺たちはそんなこと気にしない!
むしろキミが主で良かったと思う。」それに、と続ける前にくるりと1回転して茜に向き直り、
「俺とキミがお揃いみたいで嬉しい驚きだ!」と眩しい笑顔を茜に向けてきた。
それは、1枚の風景画のようにとても美しいものだった。そんな風景画の真ん中に立つ大好きな白い彼に勢いよく飛び込んだ。
そんな2人を後ろの向日葵が見守っていた。
向日葵―あなただけを見つめています―
(この先、他の奴らがキミを見なくなっても、俺だけは傍で見守っているぜ。)
2016/05/23