Short dream

    ―美濃の国、とある本丸にも初雪が降る朝が来た。
    「あるじさま!おきてください!にわにゆきがつもっていますよ!」
    と大きな声をあげながら当本丸の審神者の部屋に飛び込んできたのは、短刀の今剣である。
    彼は幼い見た目とは裏腹に、平安時代に打たれた所謂『おじいちゃん』であり、この本丸での初鍛刀で顕現した古株でもある。
    「おはようございます。今剣ちゃん。」と寝具から体を起こしながらあいさつを返したのは、本丸の主である『紫苑』である。
    彼女はかつてのある出来事により目が見えない。しかし、本丸内に流れる付喪神達の神気により、この本丸内でのみ
    ボンヤリではあるが、見えるようにまで視力が回復したのである。
    今剣に手伝ってもらいながら立ち上がり、布団を畳み、一旦今剣に出てもらってから巫女装束に着替えて部屋を出た。

    この本丸の朝は早い。早い者は陽が昇ると共に起き出す者もいるし遅い者を起こしに行く者もいて朝から賑やかだ。
    そんな声が紫苑にとっての楽しみでもあった。
    食堂である広間に付いた審神者に次々と声をかける。あいさつを返しながら自分の席に着くと、「おはよう、主。よく眠れたかい?」と声をかけながら朝食を置いたのは燭台切光忠だ。彼はここの厨を初期刀の歌仙兼定と共に任せれているこれまた古株である。
    「おはようございます。光忠さん。わあ!今日のお味噌汁はなめこなんですね!」
    好物に喜ぶ主に口角を上げながら光忠は朝食のおかずを並べていった。

    皆での朝食を終え、食後のお茶を飲んでいると粟田口を始めとした短刀達が紫苑のもとへ駆け寄って来た。
    「ねえ主ぃ、せっかく雪が積もったんだから一緒に雪遊びしようよ?」と紫苑の左腕に絡みついてきたのは乱藤四郎だ。
    一見可愛らしい見目の女の子だが、れっきとした男士である。
    紫苑は今日中に熟さなければならない書類があったか思い出そうとしたが、基本的に執務は早めに終わらせるので、
    急ぎの書類がなかったので、短刀達に付き合うことにした。

    庭に向かうと、朝食中にまた降ったのだろうか、起きた時よりも雪が積もっていた。
    「ほら!主、早く早く!」と乱に腕を引っ張られながら、雪駄を履いて庭に降りようとしたら、
    雪に足を取られたのか前のめりに倒れ込みそうになった。
    転ぶ!と来る冷たい衝撃を覚悟してギュッと目を瞑ると同時に倒れこむはずだった体がふわりと浮いた。
    不思議に感じた紫苑は「江雪さん!」という乱の声に目をそっと開いて上を向くと、遠征に向かっていた近侍の江雪左文字が
    紫苑の体に腕を回していた。
    「ただ今、戻りましたよ。主、遠征の報告を。」という江雪の声に我に返ると、紫苑は乱に先に行ってもらい江雪に向き直る。
    「皆、怪我はありません。今はほとんどの者が部屋で休んでいます。」という報告に頷きながら、江雪にお疲れ様ですと声をかけた。
    江雪はため息を一つ吐いて庭に視線を向ける。それに習い紫苑も初雪にはしゃぐ短刀達を見るとポツリと呟いた。
    「いつもすみません。江雪さんは戦いが嫌いなのに隊長ばかり任せてしまって…。」
    紫苑の近侍である江雪は戦いを好まないが、この本丸の数少ないカンスト勢である為に、よく新入りのレベル上げとして
    出陣や遠征に駆り出されるのだ。江雪は何も言わない。
    「本当はもっと他の人たちにも出陣してもらいたいのですが…。駄目な主ですね。」と苦笑いを浮かべる紫苑に向き合うと、
    江雪はおもむろに右手を差し出した。差し出された手には、小振りながらも綺麗な紅の山茶花が握られていた。
    「遠征の帰りに偶然見つけました。貴女を思い出してつい手折ってしまいましたが。」とそっと紫苑の右手を取って、
    その上にまるで壊れ物を扱うように山茶花を置いた。
    「私は戦いが嫌いです。そんな戦いを強いる国の政府なるもの…ましてや貴女から光を奪ったものを許すことは出来ません。
    …しかし、貴女の刀である以上、私が貴女を守りましょう。」と今までに見たことがないくらい穏やかな表情の江雪に紫苑は
    驚いたが、次の瞬間には嬉し涙を流しながら、何度も頷いた。
    庭の方から聞こえる紫苑と江雪を呼ぶ声に、涙を拭い、江雪と共に庭に降りた。
    左手に持ち替えた山茶花の花が僅かに綻んだ気がした。

    山茶花―ひたむきな愛

    (私が貴女を苦しめるものから、守って差し上げましょう。…この戦いが終わっても、貴女を愛し続ける限り、ずっと。)

    2016/05/23