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ぽろ、とライラから一筋の涙がこぼれ落ちながらも赤く染まり、種火となって地面へと着く
瞬間、音を立てて火が溢れ出した
ライラの場を囲むように燃え上がる炎とその爆風から、スレイ達は咄嗟に両腕で自身の顔を庇う
腕の隙間から熱さに堪えながらスレイが見たものは、凛としたライラの立ち姿だった
「……ッ! ライラ!?」
思わずスレイはライラの名を呼ぶ。 その声に、僅かながらにライラは振り返る
「大丈夫ですわ、スレイさん。 全て焼き切ってみせますから」
「ライラ、一体何を……?!」
ミクリオが問おうと声を上げる傍で、エドナは小さく舌打ちをして呟く
あれをやる気なのね。 そう、痛々しげに
「おいエドナ、あれって何だよ……? 浄化出来ないんじゃなかったのかよ!?」
どうにかして助けようともがくスレイだが、彼女の周りに燃え盛る炎がそれを阻む
「……ああ、浄化『は』出来ない。 だが、あれなら存在ごと消す事ならば可能だろう」
デゼルが重い口を開き、それでも苦々しげに言って帽子のつばを目深に引っ張る
「人から生まれ出る感情の一部―つまり穢れは、それが大勢の者と密度によって練り上げられ災厄と化す。
当然、暴走した感情の成れの果てである物を浄化するには、人間の力では限界が生じる」
「でも、命になったら話は別。 命は直接世界と関わりを持っているもの。
命は重くて、穢れを生むものの根元でもある。 命という上位の力なら、
下位の穢れの力を抑えきることは理論上は可能だわ。 ……あくまで、理論上だけれど」
途中から説明を代わったエドナが言葉の端で毒を放つ。 その毒はいつもよりも鈍く、哀しい毒だった
「つ、つまり、ライラ様は……」
「死ぬつもりなのか……!?」
アリーシャとミクリオがわなわなと唇を震わせながらも結論を吐き出す
「そんなのダメだ! だって、約束……!」
「約束したからです!!」
スレイの声を遮るようにライラが声を張り上げる
「私、嬉しかったんです。 誓約で隠し事を持っていても、スレイさん達は同等に扱ってくれた……。
仲間として接してくれた……! 指切りして、約束してくれた!!」
スレイとアリーシャの交わした指切りが羨ましくて、思わず乱入したことが理由だったけれど
ライラにつられ全員ですることになって本来とは違い歪な形になった指切り
これなら手を合わせた方が良かったんじゃ、と呟くミクリオをよそに、確かにライラは嬉しかったのだ
『必ず皆で平和な世界にしよう』
その言葉が、指先から感じた温もりが、胸の奥にじんわりとした熱を与えてくれた
自らが生み出し向ける火とは違う、陽だまりのような暖かさを感じたのだから
「そんな相手を……ッ、大切な人達が目の前で変わって、失ってしまうのはもう嫌なんです!!」
血反吐をはくように声を張り上げるライラ。 燃える炎から垣間見えるその拳は強く握られている
形の揃った爪が手の平へと食い込み、白磁を思わせる柔肌を零れる血が伝う
その水滴すらも落ちる頃には地を焦がす種火の一つとなる
ライラは過去に導師の旅に同行し、そして道半ばにしてその存在を失った
自分の慕った相手が、恨み言を撒き散らしながら呪詛をかけるその姿が、
ライラの足枷となり、恐怖とすらなっていた。 誓約に縛られ、その不安や悲しみすらも吐露できない
苦しみを抱え込む悪循環が、ライラの異常とも呼べる空々しい明るさの人格を作り上げていたのだ
しかし、彼女は今耐えている。 己の殻に篭ることは酷く簡単なこと
紙葉で小舟を折りながら、自分の世界に浸かりながら、スレイにそれを語ったことがある
流れに身を任せ、他が例え脱落したとしても、それこそ他人事のように傍観して
それがずっと楽で、自分も傷つかない方法だと諦めていることを
だが、スレイ達の危機を目の前にして、気づいた。 口先だけでは何も守れない、何も救えはしない
穢れることから逃げているだけでは、憂う現実は変わらないのだと
『我が身、全てを呑み込む業火なり。 ”赤”が纏いし二極の力は滅却、消失。
火神ムスヒの御許へとこの身を捧げる。 命よ、熱く燃え盛れ。
唯一度(ひとたび)の移ろいの中に華の如く、刹那にて舞え』
ライラが髪を乱し、服を揺らして祝詞を唱える。 その声は普段の穏やかな声音とは違い、力強さを抱いていた
手に持ち、無造作に撒いた紙葉が意思を持っているかのように十二芒星の形に散らばり、火柱となる
篝火のように燃える柱、それを囲う炎の中で踊り、ステップを刻むライラ
祝詞が進む度、ライラの服や髪飾りにもうっすらとした火が灯り始める
尚も舞う為に、留め具を失った髪が薄手のカーテンのようにゆらゆらと揺れた
「俺は、仲間を見捨てるのか……?」
爆炎に贄を捧げるライラを呆然とスレイは見つめていた
導師たる者は、穢れを受けてはいけない。 皆を導く者は、人々の師たる存在であれ
自分の立場からの声がスレイの心の中に渦巻いている
――けど、たくさんの人を救うために、目の前の人を見殺しにするのが正しいのか?
否定的な、義務的な言葉の中で、一瞬だけ聞こえた声
「そうだ、俺は……!」
顔を左右にぶるぶると揺らし、ミクリオとアリーシャへ声を上げる
「ミクリオ、アリーシャ。 ライラを助けよう!」
同じように呆然としていた二人は、突然の声に驚きの表情を見せた
しかし、スレイの瞳を見て気を取り直す
「一度そういう目をしたら、聞かないからな」
「ああ、スレイはそういう人だから」
ミクリオは呆れ気味に、アリーシャは純粋に笑みを浮かべ、お互いにこくりと頷き合う
「ルズローシヴ=レレイ! ……蒼天裂閃、アローレインッ!!」
アリーシャが高らかにミクリオの真名を叫び、神依を纏う。 唱えた術は雨の如くライラの周囲へ降り注ぐ
水に鎮められ、炎はみるみるうちに勢いを抑えていく
正面の火が収まるや否やスレイは駆け出し、その名を呼んだ
「……ッ! フォエス=メイマ!!」
スレイが火の神依を纏う。 かろうじて詠唱が途中であったことが幸いして、ライラは無事であった
装いを変え、身の程より巨大な大剣をひと振りし、構える
『スレイさん!? それにお二人も、どうして……』
「これも約束したから、だよ」
突然の行動に驚きを隠せないライラに、にこやかに迷いなく返すスレイ
「やっぱりさ、世界を平和にしても、そこに皆が居なきゃ。 平和になった世界で、世界中の遺跡を探検するんだ。
そこには笑顔のアリーシャが居て、俺とスゴイもの探しで対決するミクリオが居て、時々難しいことを言ったり、
傘で小突いてきたりするエドナが居て、呆れながらも見守っててくれるデゼルが居て……。 その中には」
―優しく微笑んで、支えてくれる。 ライラも居なきゃダメなんだ
「生きて、平和な世界を皆で見よう。 そうじゃない世界なんて、俺は嫌だし、嬉しくない。
誰かを見捨てて出来た世界が今より良いはずが無いんだ!!」
『!』
その言葉に呼応するように、風の刃が駆け抜ける
「何だかんだ言って、貴方も甘いじゃない」
「……陪神として、導師の行動に乗っかかっただけだ」
「まだスレイは命令もしてないのに?」
うるせえ、と茶化すエドナを一蹴し、デゼルは術の媒介としていた獲物を仕舞う
「……後は貴女だけよ、ライラ」
『え?』
「スレイやミボ達ならともかく、私の意思まで否定する気?」
エドナはうっすらと苛立ちを抱きながら傘を構え、臨戦態勢に入る
彼女までもが、ライラを一人で死なせはしないと、そう考えているのだ
『……』
「穢れも辛いことも、一人で背負わないでさ。 ライラが手を伸ばしてくれるなら、
俺達は絶対それを掴むから、離さないからさ!」
ライラは神依のまま周囲に薄い緋色の円を生み、術を唱えた
スレイも同じように意識を集中させ、その補助を行う
「やっと素が出たわね、ライラ」
珍しく素直な笑みを浮かべ、地面へ傘を突き立てた。 デゼルも同じくペンデュラムを取り出し、地へと術を唱える
地と風の力を使い、土地全体の耐性を下げるよう働きかけているのだ
『業壁顕現、カラミティフレア!』
二人の意識がほぼ完全にシンクロして放たれた炎の壁が、地全体を滑るように広がる
穢れを丸ごと呑み込む浄化の炎が大地を焼き清めているのだ
やがて陽が射し込み、浄化が終わったことをスレイ達は全身で感じた
神依を解くとスレイはそのまま後ろへと倒れ込む
間一髪のところで同じく神依を解いたミクリオとアリーシャがそれを支えた
「す、スレイ! 大丈夫か!?」
不安げな顔をするアリーシャにかろうじて、大丈夫とだけ言って、スレイはそのまま寝こけてしまった
「全く、大地を丸々浄化するなんて、無茶苦茶すぎるぞ……」
ミクリオが呟く側で、ライラは自らも疲労を感じる中、強く思ったことがあった
―あの時、私の心に灯った暖かさ。 陽だまりのような暖かさ、それはスレイさんだったのですね
胸の奥、ただ在り続ける温もりに、ライラは救われた
それは例えるなら、一と二しかない回答に無理矢理三を作るような、そんな強引さ
がむしゃらに突き進む純朴さ。 それが、彼女を照らしてくれたのだ
ライラは地面に座り込んだまま、ボロボロの服や髪を揺らして心の底から笑った
飾り気のない、無垢な喜びを浮かべて
火が照らす、世界
人は火を扱う者、だからこそ共に歩もう
補足説明
2016/09/04